看護師こそサマータイムに断固して反対すべきである

(公財)大原記念労働科学研究所 慢性疲労研究センター長

佐々木 司

はじめに

政府が8月7日にサマータイムを検討したいと正式に宣言してから約2週間が経過した。この間,新聞,TVなどの多くのメディアがこの話題を大きく取り上げ,大多数の有識者の意見として,サマータイムは,健康被害が大きく,経済効果が小さく,実施コストもかかると結論づけた。この点を考慮すれば,サマータイムの導入はないはずだ。しかしながら,合理的な理由があっても一度計画したことは国民にごり押しするのが今の政府である。そこで本稿では,看護師の夜勤リスクに着目してサマータイムの非を論じたい。

サマータイム導入による夜勤リスク

サマータイムとは,英語ではDaylight Saving Timeと言われ,主に北半球で日照時間が長くなる春に時計の針を早めて明るい時間を長くし,秋になったら時計の針を元に戻すという制度である。その意味では,夜勤・交代勤務に従事している看護師は,すでにサマータイムが導入されている状態と考えてよいだろう。なぜなら夜勤・交代勤務では,そもそもシフトの開始時刻,終了時刻がバラバラだからだ。ただでさえ,いろんな時刻に働くことはつらい。それに加えて新たな時刻変化のサマータイムが導入されるのだから,夜勤・交代勤務で最もリスクの大きい夜勤リスクが一層高まることなど容易に想像できよう。

それには科学的メカニズムがある。人の概日リズムは,きっかり24時間でなく24時間より長い [1](だから「概(おおよそ)」日リズムと呼ばれる)。したがって「時計の針を早めたのだから,早く寝よう」と思っても,そう簡単には寝付けない。たとえば時計の針を早めることは,夜勤前の仮眠の開始時刻を20時から19時に前倒しすることを意味する。また起床時刻も,いつもより前倒ししなくてはいけない。仮眠は「寝過ごしたらどうしよう」と思って眠るわけだから,サマータイムの導入によって,ますます寝付けなくなる。寝付けても,「いつもより早く起きなければいけない」と思うため,疲労回復に最も効果のある深い睡眠が出なくなってしまうのだ[2]。そのような状態で夜勤を行うと,夜勤時は酒気帯び運転と同じ集中力とされるから[3],エラーやインシデントが起こるリスクが高くなる。逆に,そのような眠たい状態を我慢したとすると,今度は,その緊張状態がストレスとなって,自律神経の交感神経が活発になり,健康リスクが高くなる。なぜなら疲労を過労に,過労を疲弊に,疲弊を疾病にし,死亡に至らしめるのは,ストレスであるからだ[4]。

また夜勤を行う看護師には,「夜型タイプ」[5]の人が多い。このタイプの人は,サマータイムが導入されていない現在でも,時計の針が「朝型タイプ」の人より遅れている。したがってサマータイムの導入は,時計の針を一層早めることになってしまい,他の型の看護師よりも夜勤リスクが高まるのである。

しかもサマータイムでは,時刻を1時間ずらすというのが一般的だが,ある新聞報道によると,政府が考えているサマータイムは,2時間もずらすものだという[6]。このことから政府は,労働者の健康のことなど全く考えていないことがわかる。なぜなら,2時間以上のリズムの変更は,疲労を強めることが知られているからである[7]。

図を見て欲しい。図は,いつも24時に寝て7時30分に起きる人(睡眠時間は7時間30分)を,前の週の金曜日と土曜日だけ24時に寝て10時30分に起きた場合(睡眠時間は10時間30分)の翌週の疲労感の変化を示したものである。図を見れば明らかだが,翌週の月曜日と火曜日の疲労感は,3時間睡眠時間が延びているにも関わらず(睡眠は疲労の回復過程なのだ),3時間起床時刻が遅れた場合の方が高いのである。これはサマータイムで言えば,秋に時計の針を元に戻す時の状況と同じと考えることができる。時計の針を遅くしても疲労感が高くなるのだから,いわんや,時計の針を前に早める「逆循環」は,これ以上の夜勤リスクを生じさせることが容易に想像できよう。

おわりに

2017年のノーベル医学・生理学賞は,Period(ピリオド)という時計遺伝子の発見者に与えられた。実は,ピリオドという遺伝子は,夜勤適応に関係しているのである[8]。筆者も,これまで「人間は時間的存在ではなく,時刻的存在である」と,労働時間より労働時刻が重要であることを述べてきた。とくに夜勤においては,朝型や夜型などの個人特性が夜勤リスクと関係しているため,その点が尊重されるべきなのだ。現に夜勤先進国スウェーデンでは,夜勤者が自分の働きたい時刻帯を自由に選べる制度まであり,主に夜勤を選ぶのは夜型タイプ,日勤を 選ぶのは朝方タイプにきれいに分かれるという[9]。

しかしそのような時代趨勢があるにもかかわらず,わが国では,レジェンドだかなんだかは知らないが,国民全員に一様にサマータイムを強要しようとしている。まさに,時代錯誤と言わざるをえない。そもそも看護師の労働は,勤務制がコロコロ変わる(働く時刻がバラバラ),労働対象がコロコロ変わる(同じ患者ではない),さらには協働者がコロコロかわる(シフトによって働くメンバーや人数が異なる)といったように,常に不規則性にさらされている。それにサマータイムが加われば,看護師はますます疲弊して,夜勤リスクが高まるという帰結が待っている。したがって,看護師こそ,サマータイムに断固として反対すべきである。

図.金曜日と土曜日の起床時の睡眠時刻を3時間遅くしたときの 翌週の疲労感の変化(文献7)

[1]Czeisler CA, Weitzman Ed, Moore-Ede MC, Zimmerman JC, Knauer RS. Human sleep: its duration and organization depend on its circadian phase. Science. 1980;210(4475):1264-7.

[2]Kecklund G, Akerstedt T. Apprehension of the subsequent working day is associated with a low amount of slow wave sleep. Biol Psychol. 2004; 66(2): 169-76.

[3]Dawson D, Reid K. Fatigue, alcohol and performance impairment. Nature. 1997;388(6639):235.

[4]佐々木司.疲労と過労.小木和孝編集代表.産業安全保健ハンドブック.神奈川.労働科学研究所出版.2013:424‐7.

[5]Baehr EK, Revelle W, Eastman CI. Individual differences in the phase and amplitude of the human circadian temperature rhythm: with an emphasis on morningness-eveningness. J Sleep Res. 2000;9(2):117-27.

[6]【東京五輪】酷暑対策でサマータイム導入へ 秋の臨時国会で議員立法 31、32年限定.産経ニュース.2018.8.6 05:00更新(www.sankei.com/politics/news/180806/plt1808060002-n1.html,2018年8月20日参照)

[7]Taylor A, Wright HR, Lack L. Sleeping‐in on the weekend delays circadian phase and increases sleepiness the following week. Sleep and biological rhythms. 2008;6(3):172-9. ·

[8]Viola AU, Archer SN, James LM, Groeger JA, Lo JC, Skene DJ, von Schantz M, Dijk DJ. PER3 polymorphism predicts sleep structure and waking performance. Curr Biol. 2007;17(7):613-8.

[9]Ingre M, Åkerstedt T, Ekstedt M, Kecklund G. Periodic self-rostering in shift work: correspondence between objective work hours, work hour preferences(personal fit), and work schedule satisfaction. Scand J Work Environ Health. 2012;38(4):327-36.