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笹山弁護士の労働相談

その15

質問

「私は、公務員です。朝、出勤途中に地下鉄の階段で足を滑らせ腰を打ってしまいました。何とか勤務はしましたが、腰痛が治らなかったので検査と内服治療をしました。労災申請をしたところ、「なぜ階段から落ちたのか説明してください」と基金から言われて困っています。どう考え、どう対応したらいいでしょうか。」

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答え

公務員の場合の労働災害に関するご質問です。  難しい問題ですので、順を追って説明することにしましょう。

1,まず、労働災害保険そのものについて説明します。

 労働災害とは、労働者が業務中、負傷(怪我)、疾病(病気)、障害、死亡する災害のことをいいます。労災に対しては、労働者災害補償保険法(労災保険法)によって、労災だと認定されれば、国から、現物(医療)と現金の保険給付を受けることができます。これが労働災害保険です。

「労災」と略されるのは、労働災害あるいは労働災害保険のことを指しています。

これは、労働者とその家族の生活を保障するため、使用者の過失や資力(支払い能力)を問題にせず、簡易に、迅速に、定額の補償を受けられることとした、社会制度です。

ゆえに、労災保険を受給できれば、医療費の心配なく、治癒に至るまで通院を継続でき、また、これによって休業することになった場合、その期間の休業補償も受給できます。

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 「簡易迅速定額」というところが肝要であり、平均賃金さえ計算できれば労災によって具体的にいくらの損害が出ているとか、怪我や病気の発生について誰にどんな責任があるかとか、そういうことは一切関係がありません。

「仕事による怪我や病気」ということさえはっきりすればよい、というわけです。

 実務的な手続きとしては、労働災害を認めてもらおうと考えた被災者は、まず、事業所を管轄する労働基準監督署に請求をします。

労基署には、請求書の書面があるから、その書面をもらってきて書き込んで提出します。

 労基署では、当該の怪我や病気が、「業務上」発生したものであると認めれば、支給決定を行い、保険給付を行うことになります。

 そこで問題となるのが、いかなる場合が「業務上」発生したものであると認定されるか、です。

 この「業務上」には、その要素として、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つの要素に基づいて判断されるとされています。

「業務遂行性」とは、「事業主の支配ないし管理下にあるなかで」という意味です。「業務起因性」とは、当該の病気や怪我が、業務の遂行によって発生したといえる関係、つまり仕事と病気・怪我の因果関係がある、ということです。

 実務でよく問題になるのはこの「業務起因性」の論点です。

2,地方公務員の場合の制度−地方公務員災害補償基金

 今まで述べてきた労災保険は、民間の事業所に勤務する労働者の場合についていえることです(もともと自治体等の公共の職場から民間に委託された事業所で民間の事業主に雇用された労働者も含む。)。公務員の場合には、公務員用の災害補償制度が別に用意されています。

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 地方公務員の場合、それは、「地方公務員災害補償基金」制度です。

 これは、単純な話、「地方公務員版労働災害保険制度」だと思ってください。

 この制度は、地方公務員災害補償法に基づく制度です。同法1条によれば、地方公務員等の公務上の災害(負傷、疾病、障害又は死亡をいう。)又は通勤による災害に対する補償の迅速かつ公正な実施を確保するため、地方公共団体等に代わつて補償を行う基金の制度を設け、地方公務員等の補償を行って地方公務員等及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するための制度、とされています。

 この制度は、民間における労災保険制度と並行的にとらえることができますから、基本的な仕組みは、労災保険と同じです。傷病が発生した場合、当該職員は、地方公務員災害補償基金(以下、「基金」といいます。)に都道府県ごとに設置されている支部のうち、自分の事業所のある支部に対し、「公務災害認定」を求めて請求を行うことになります。基金支部では、当該請求が、「公務災害」と認定できればその旨決定を出して補償を給付することになります。

 都庁職病院支部のみなさんの職場の場合、公社の固有職員の方も、もともと都の職員である方もいらっしゃると思います。公社の固有職員の場合は労災保険の適用となり、都の職員の場合は基金制度の適用となります。この区分けがあるので注意が必要です。

 ご質問者のケースは、公務員ということですので基金の適用となります。

3,次に、基金における公務災害認定の仕組みです。

 なにが公務災害といえるか否かについて、特別な基準があるわけではありませんが、労災保険に言う「業務上」の基準にならって、「公務上」といえるか否かということで決められています。

 そこで、請求とそれに添付されている資料に基づき、基金支部が「公務上」と判断できれば、「公務上」との認定を行い、補償の給付に進むということになります。

 そこでいかなる場合は、「公務上」の判定を受けられるのかが問題になります。

 民間の労災保険では、「業務遂行性」と「業務起因性」に基づいて「業務上」といえるか否かを判定することになりますが、公務の場合も発想は同じです。

 この点、基金は、「公務上」の認定基準として、次のような基準を示しています。

 負傷の場合「公務遂行中の負傷は、通常、その発生が外面的で可視的であり、公務との間に直接の因果関係が認められるので、改めて相当因果関係を論ずるまでもなく、また、特に医学的判断を要せず、公務起因性を認めることができます。

したがって、その公務上外の認定は、原則として被災職員が職務遂行中その他任命権者の支配管理の下にある状態で災害を受けたか否かを判断して行われ」る。「ただし、故意又は本人の素因によるもの、天変地変」によるもの、「偶発的な事故によるもの」と「明らかに認められるもの」は、「公務上の災害とは認められません。」

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 つまり、仕事中の事故で怪我した場合は、見た目の印象で「仕事中に怪我した、仕事してなければ怪我しなかったのに」というのがすぐにわかるので、仕事中のことなら特段医者の証明などを必要としないで「公務上」と判断するというのが大原則。

ただ例外があって、@本人がわざと怪我をした場合A本人の事情が原因で怪我した場合B暴風雨などの災害や偶然発生したと考えられる事故、といった場合であって、それが誰が見ても明白だというときは、「公務外」とする、というわけです。

 この考え方は、民間の労災保険の考え方と並行的であり、それ自体としては相当なものといえるでしょう。

 問題は、この考え方をどこまで厳格に解釈していくか否か、であるといえます。

4,本件の場合どう考えるか

 本件の場合は、通勤災害による負傷です。通勤災害は、労災保険でも、地方公務員災害補償基金制度でも、職務遂行中その他任命権者の支配管理の下にある状態でないことは明らかですが、通勤途上の災害を補償の対象とすることが法律上定められています。

 そこで、3の考え方を応用して、事業所と自宅の通勤経路として合理的な道筋を通っている間の事故で、本人の素因や天変地変や、偶発的な事故によるものでなく、通勤に一般的に内在している危険の現実化、その通勤一般に内在する危険原因が起因して発生した災害といえるかどうか、で認定することになると考えられます。

 本件の場合、通勤途上で階段で足を滑らせて転倒して腰をうったという事例ですが、これは常識的に考えて通勤一般に内在する危険原因の具体化と考えて良いでしょう。

 この点、ある県のホームページに次の公務災害認定の事例が掲載されています。

 これは、バス停までバスに乗り遅れまいと300m走った職員が、意識を失って倒れて負傷した事例で、「公務外」の認定となった事例です。この事例での判定は次のとおりです。

 「意識を失った原因について検討すると、本人は意識を失う直前に自宅からバス停まで約300mを走っていたものであるが、通常の通勤時にバスや電車に乗り遅れないために300mを走ることは日常的に起こり得ることと考えられるものの、一般的に健康人が300m程度を走ったために意識を失うことは考えにくく、本人の不良であった健康状態が転倒の主たる原因と認められる。」

 この判断にならえば、一般的に健康人が階段を降りるときにうっかり足を滑られて転倒することは日常的に起こりうると考えられるからです。

 では、基金支部は、なぜ、「階段から落ちたのか説明しろ」と言っているのでしょうか。

 ここでは、「足を滑らせ階段を踏み外した」という説明をすれば足りると考えられます。

 基金支部の質問の意図としては、「本人の素因による」ということについての事情を確認したいのではないかと想像されます。

 つまり、例えば本人に低血糖発作で意識を失うといった現象が起こることがあり、もしそういう現象が起こって階段を踏み外したのなら、本人の具体的事情によって当該傷病が発生したことになるから、この場合は、「公務外」、との判断になるわけです。

 基金支部の質問が、「階段を踏み外した」という事情以上に、「自分にはそれ以外の素因がないことをも説明し証明せよ」という趣旨であるなら、基金支部の態度は、不当なものといえます。

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 法的には、「ないことを証明するのは不当」、というのが常識です。

 例えば、労働者の解雇事件で、それが有効か無効かを裁判所で審理する際、証明方法としては2つ考えられる。

会社の側で、「この人にはこんなに落ち度があるから解雇するのが適当だ、だから有効だ」という方法と、労働者の側で「自分には全く落ち度はないから解雇されるのは不当だ、だから無効だ」という方法です。

この方法のうち、どちらが適当でしょうか?別の言い方で問題提起すると、「落ち度がある」ということと、「落ち度がない」ということの証明は、どちらがより容易でしょうか?

 それは、「落ち度がある」ほうなんですね。だって、「落ち度がない」ことを証明するためには、労働者は、自分が就労した全期間についてまじめに働き責められるような事情がなかったことをいちいち指摘しなければならないことになる。

でも「落ち度がある」なら、「ある日に、この労働者はこれこれこのようなことをしました」というピンポイントの指摘で良いわけです。このように、「ない」ことの証明は、「ある」ことの証明よりはるかに難しい。だから、法の場では、「ある」ことを証明させる、というのがルールなのです。

解雇の例でいえば、会社に解雇有効の証明をさせるというのが法のルールなのです。

 ちなみに、脱線しますが、労働事件におけるこの証明ルールについていえば、時間外割増賃金の請求事件であれば、「残業という事実があった」ことを証明するということで、残業を主張する労働者に残業の事実の証明責任がある。

パワハラ事件でも、「パワハラがあった」ということで、パワハラを主張する労働者のパワハラの事実の証明責任があります。

 話を戻しましょう。つまり、この証明に関する法のルールに則して言えば、階段を踏み外した原因として、「うっかり足を滑らせる以外に、自分個人の具体的事情としては階段を踏み外す原因はほかに見つかりません」という「ない」ことを主張し、その点の証明を求めるのは、法律上の証明法則に反するのです。

 基金支部の求めは、せいぜい、本人が階段を踏み外す身体的事情として考え得る既往症を持っているか否かの確認にとどめ、そうした既往症がない限りは、本人における具体的事情によって当該傷病発生が発生したとは認められない、と判定すべきです。

 この点は、「本人の素因」のとらえ方の問題です。「本人の素因」の解釈をあまり厳格にしすぎると、結局被災職員に不可能な証明を求めることになり、その証明がない以上は、本人の不良な健康状態が主たる原因である、という判定となって、「公務外」の判定となりかねません。

 以上の観点にたって、本人の素因の考え方について、基金支部が不当な対応をしないように要請していくことが必要と考えられます。

                             以 上

   

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