「3年目の看護師です。
3年目までは基礎コースなので、1年ごとの学びを発表します。
3年目は基礎コースのまとめになるので、看護理論に基づいてケースに取り組んで発表しなければいけません。
沢山の文献を読んだり、計画を立てたりしなければいけません。
一人前の看護師になるには避けて通れない、自分のための勉強だとも思いますが、締め切り日時も指定されていて、それを守らないと怒られてしまいます。
ですが、毎日の仕事は忙しいので文献を読むのも計画を立てるのも自分の時間です。
私がやっている「基礎3のまとめ」は仕事なのでしょうか?仕事だとしたら超過勤務の対象になりますか?
病院で行われている様々な学習会のお知らせのチラシには、自分の時間で参加してくださいと書かれています。やはり、自分のための勉強は仕事ではないのでしょうか?」
前回に引き続き、労働時間に関するご質問です。
結論からいえば、この「基礎3のまとめ」のために費やす時間は労働時間であり、通常の勤務を終えた後、8時間を超えてまとめを作成した時間は、超過勤務の対象になります。
まあ、好きなバンドのCDを聴きながら文献を読んでいた時間を労働時間と申請せよとは言いませんが、まとめを作成するためにタイプしていた時間は、自宅であったとしても明確に労働時間です。
労働時間というと、どうしても、使用者の指揮、管理する職場で、使用者の具体的な指示に基づいて作業に従事している時間、というイメージが先行しています。
そういう労働の仕方が多いことも確かです。
しかし、現実には、この考え方の枠におさまらない働き方も存在します。
住宅を個別に訪問して歩く営業の場合はどうでしょう?職場で働いているわけでもないし、上司がいちいち指揮しているわけでもありません。
しかし、これは仕事ではないから賃金を出さない、と言ったら営業マンは怒り出すでしょう。
このように、「労働時間」とは、結局は、「雇い主が雇い主の必要に応じて、労働者に対して求める行動に労働者が従事しなければならなかった時間」を言うのです。
この点について、裁判例は、労働時間を次のように定義しています。
「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」(三菱重工業事件、最高裁平成12年3月9日判決)。
こうした労働時間かどうかが争われた事例として、例えば大星ビル管理事件があります。
これは、24時間勤務でビルの警備・設備運転保全業務を行う労働者の、仮眠室での8時間の仮眠時間の労働時間性が争われた事例です。
裁判では、警報が鳴った場合は設備の補修等の作業に就くことを要する点で、仮眠室での仮眠時間も労働からの解放がなく、使用者の指揮監督にある時間として労働時間と判断されています(最高裁平成14年2月28日判決)。
この定義に照らして、上記の「基礎3のまとめ」に費やす時間が労働時間か否かは、結局は、その時間が使用者の指揮命令下にあるか否かが問題なのですから、その時間が「雇い主が求め、労働者がそれに従事しなければならない」という性質を持つか否か、ということで判断できると考えます。
ご質問者のご質問によれば、「基礎3のまとめ」については、締め切りが設定されており、それを順守しないと叱られるということですから、「雇い主が求め、労働者がそれに従事しなければならない」という性質を持っているように思われます。
以上から、「基礎3のまとめ」に従事する時間は労働時間である、と考えられるのです。
なお、労働法の学者として名高い菅野和夫教授も、著書の中で、「所定労働時間外に行われる企業外の研修・教育活動や企業の行事への労働者の参加も、参加が義務的で会社業務としての性格が強いのであれば労働時間となる」と述べています(菅野和夫「労働法」、弘文堂)。
私見と同じ見解と思われます。
あなたのご質問では、「一人前の看護師になるには避けて通れない、自分のための勉強だ」とも思えるので、これは、労働時間ではないのではないか、ということが疑問としてあげられていますね。
しかし、それは違うと思いますよ。
私たち弁護士だって、法律の専門家ということではありますが、法律の全てを知っているわけではありません。
ご依頼に応じて、知らない法律、知らない行政規制、裁判例を勉強しなければならないことは多いのです。それらを勉強することは、私たち弁護士の法律専門家としての能力を高めることになります。
しかし、私たちは、その勉強をだれのためにしているのでしょうか?それは、勉強になる自分のためではなく、結局はご依頼を果たすため、依頼者の利益のためです。
看護師の研修もそれと同じです。
看護師を研修させることで結局利益を得るのはだれですか?研修者であるあなたではありません。研修を通じて能力を向上させたあなたを一人前の看護師として就労させることができ、その能力に応じた医療を患者の皆さんに提供できる、皆さんの雇い主である医療機関です。
上記に紹介した、「大星ビル管理事件」においても、労働者を泊まり込ませて、普段は就寝していてもいざというとき労働者が対応できる、そのような体制にしていることによって利益を得るのはだれでしょうか。
それは、深夜に緊急事態が発生しても警備員が対応して迅速に顧客のニーズを満たすことができ、かつ、そのように宣伝して顧客にアピールできる、雇い主なのです。
労働者が、使用者の求めに応じて、自分の労働者としての能力を向上させ、それが自分のためにもなっているということは、どこの世界でも普通にあることで、それは「スキルの向上」と呼ばれることです。
ですから、それは労働時間として把握され、超過勤務であるなら超過勤務手当を請求し受領すべき話です。
胸を張って使用者に請求して下さい。そのかわり、あなたは研修で得た能力を職場で発揮すれば良いのです。
今ひとつ、ご質問の中にある、「病院で行われている様々な学習会のお知らせのチラシには、自分の時間で参加してください」と言われているが、という問題ですが、これは、この問題自体をきちんととらえて比較する必要がある話です。
まずは、「病院で行われている様々な学習会」が、上記で私が示した、「雇い主が求め、労働者がそれに従事しなければならない」という性質を持つか否か、を見る必要があります。
仮にその学習会に参加しようとしまいと、そのことによって使用者があなたに対してどうこう言うことはない、そういう話であるとすれば、それは、その学習会の企画は、労働時間の問題としてとらえられる性質の話ではありません。
病院は、あくまでも、医療の専門家としてのみなさんに対して、学習する機会を紹介しているにすぎず、参加しようがしまいが仕事そのものには直接関係がない。そのような場合であれば、学習会に「自分の時間で参加」するのは当たり前です。
それは、学習することで利益を得るのは学習したあなたであって、病院ではありません。
他方、その学習会に参加することに使用者側から強制されている要素があるとすれば、それは「基礎3のまとめ」と同じということになり、「自分の時間で参加して下さい」という案内に誤りがあることになります。
ですから、この「学習会」問題は、その学習会参加が労働時間性をはらむか否かを判断することが必要であり、労働時間性がないということであれば、「基礎3のまとめ」の場合と場合が異なる、というわけです。
ぜひ、優秀な看護師になるために必要な研鑽を大いに積んでいただくと共に、他方で、労働時間に従事したということには権利として賃金を請求する、そういう健全な状況をうみだしていって欲しいと思います。
以 上