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笹山弁護士の労働相談

その12

質問

 「ひやりとしたことや、患者さんの転倒に際しては、医療安全向上の為にインシデント・アクシデントレポートを書いていますが、本来は時間内に書くものだから超勤申請できないと言われました。これは正しいのですか。」

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答え

連続して労働時間のご質問です。

医療の職場には、いかに労働時間の問題が蔓延しているか。嘆息する想いです。

 結論としては、あなたが受けた説明は、正しくありません。

このインシデント・アクシデントレポートを作成する時間も労働時間であり、時間外に行われていれば超過勤務申請の対象になります。

 ここで改めて、「労働時間」の考え方について整理しましょう。

 「労働時間」とは、「雇い主が雇い主の必要に応じて、労働者に求める行動に労働者が従事しなければならなかった時間」です。裁判例では、「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」(三菱重工業事件、最高裁平成12年3月9日判決)、と定義されています。

 労働というと、働いている現場で、仕事について、ああしてこうしてと現実に指示があって、進行状況の確認があって、問題が有ればそこでまた指示があって…、というのがベーシックなイメージだと思います。

ですから、現場での指揮命令が全て、と思われるかもしれません。しかし、現実には、この考え方の枠におさまらない働き方も存在します。

例えば住宅を個別に訪問して歩く営業の場合はどうでしょう?職場で働いているわけでもないし、上司がいちいち指揮しているわけでもありません。しかし、ここでは指揮命令していないから、指示はない、だから労働をしていない、労働がないのだから賃金を出さない、と言ったらどうですか?その営業マンは怒り出すでしょう。

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 ですから、「労働時間」を考えるときの「指揮命令」は、ベーシックなイメージを包括して、もう少し抽象的に捉える必要があるのです。上記の裁判例は、そうした必要性から定義されたもので、「使用者の指揮命令下に置かれ」た時間、と定めたわけです。

じかにああせよこうせよと言われているだけでなく、労務提供を求める旨、何らかの形で使用者の意思が表明され伝えられること全般、そうした「指揮命令」のもとにある場合全般を言う、ということになったわけです。

 そして、都庁職病院支部のみなさんのように、大きな職場で働いている場合には、その「使用者の指揮命令下」を考えるにあたって、もう一つ知っておくべきことがあります。労働者は、「指揮命令」を、誰から、どのように受けているか、ということについてのルールを理解する、ということです。

 「使用者」の事業体の規模が大きくなると、「使用者」の意思そのものを、じかに多くの労働者に伝えていくことが物理的に難しくなります。そこで、「使用者」は、事業自体を円滑に遂行するために、「使用者」の組織をつくり、その中で指揮命令系統を整備します。この系統を活用して、「使用者」の意思を一人一人の労働者に伝えていくことになるわけです。  組織が大きくなると、こうした指揮命令の仕組みが見えにくくなりますが、あくまでも「指揮命令」をする「使用者」とは、都庁職病院支部のみなさんの場合、みなさんが勤務をしている相手方そのもの(病院、ひいてはその経営主体である、東京都あるいは公社のことです。

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 しかし巨大な組織体である東京都や公社が、具体的な仕事の指示を与える役割を組織上誰に与えているか。具体的に東京都や公社の意思を表明するのは、超過勤務命令簿に命令権者の欄に押印している役職の管理職です。彼らが東京都や公社からそうした就労上の指揮命令権限を委ねられているからです。

 みなさんがたに直に指示する立場の役職として、例えば看護長という方々がいますね。看護長の場合、彼らは、あくまで上記の管理職の意を受けてその指揮を具体化して体現している役割を持つ者です。指揮命令権者ではありません。

 現場では、命令権者である管理職がじかにみなさんにああせよこうせよと指示するわけではないので、その命令権者が「指揮命令をしている」というと違和感がありますよね。

 しかし、さきほど申し上げたように、法で言う「指揮命令」は、直に指図されることだけはなく、みなさんがたに労務提供を求める旨、何らかの形で使用者の意思が表明され伝えられること全般を言います。指揮命令をするのはあくまでも「使用者」ですから、「使用者」の意思が何らかの形で伝わっていく指示系統があり、その指示系統をたどってみなさんがた労働者の仕事の仕方を指図する意思が伝わってこれば、そこに「指揮命令」があることになります。管理職の意思を受けて看護長が指揮する場合も、命令簿に書かれたことによって指揮する場合も、「指揮命令」ということになるのです。

 わかりにくい話ですが、じかにああせよこうせよと指示をするのは看護長かもしれませんが、その看護長は、「東京都あるいは公社にそのように言わされている」と理解すればよいです。ですから、看護長が仮に法的に誤った指摘をした場合、それはその看護長個人が問題なのではありません。法的に正しい伝達、指揮命令をしていない東京都あるいは公社、その意思を具体化して遂行する管理職に問題があるのです。

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 さて、以上を前提に、ご質問を考えていきましょう。

 病院では職員のケアレスミスや、職員のミスとはいえなくとも対策を講じなければならない事故が日々発生するでしょう。

 患者さんが自分で歩いて廊下で転んでも、インシデントとして扱われると聞いています。こうした事例では、その患者さんが転ぶリスクをアセスメントできていなかったとして情報を収集して、今後に役立てようとするのがインシデント・アクシデントレポートの趣旨と想われます。

 これ自体は、非常に合理的な発想に基づくものです。様々なリスクに関する情報を集め、重大な結果が発生する前にそれを予防する対策を確立することは、一般の職場でも行ってもらう必要のあることであり、病院のような命に直結する職場であればなおさら徹底していただきたいことがらです。

 とすれば、インシデント・アクシデントレポートを作成することは病院(つまりはその経営主体である東京都、公社)が事業として必要とすることであり、従業員、職員にとっては業務命令のもとで行わなければならない業務となります。したがって、インシデント・アクシデントレポートの作成に要する時間は、「雇い主の必要に応じて雇い主の求める行動に労働者が従事しなければならない時間」となりますから、労働時間です。時間外にこれが行われるのであれば当然に超過勤務の取り扱いを受けるべきことになります。

 上記のご質問は、「本来は時間内に書くものだから」という理由で超過勤務申請を認めないということが正しいのか、というものです。これは全く正しくありません。本来は時間内に書くものであるか否かは、超過勤務申請の対象になるかならないかに関係のないことです。本来時間内に書くものであろうがなかろうが、実際のところ時間外に書いたという事実があるなら、その事実が超過勤務申請の対象になるのです。このように重要なことは、実際に書いた時間が時間外の時間であったか否かであって、本来時間内に書くべきものであるか否か、ではありません。

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 正直に言うと、上記のご質問は、労働法を取り扱う者にとってはごく基本的な内容です。このような基本的な事項について質問がなされることは私にとって「驚き」以外の何物でもありません。こんな基本的なことも理解も実践もできていなくて、命と健康を預かる現場の、「看護管理」ができるのか、と思います。働く者の命と健康を守るための法規を実践できずに、患者の命と健康を預かれるはずがありません。

 私の説明−インシデント・アクシデントレポートの作成時間は超過勤務申請の対象になる−には、必ずこういう反論があります。「要領の悪い奴が時間がかかってしまった結果超過勤務申請となって、要領の良い奴が時間内に書けて超過勤務申請できない、そんなことは不合理、不公平だ」、と。

 それに対しては私はこう聞きたいと想います。時間内に書ける要領の良い人というのは、実際に、本当に、存在するのですか。いるとしても、それは、職場の多数派ですか、と。また、いるとしても、その人は、その職場で全ての面で、他の人より優秀ですか、と。

 近年の職場の人手不足の状況を考えると、日本の職場にはどんなに合理的に仕事を廻しても、時間内に仕事を終えることが難しい状況があります。

 また、「働く」というのは、長い時間のプロセスで行われることです。ある大企業の職場で、成果主義賃金を導入したところ、1年目で合理的に仕事して成果を上げた職員でも、2年、3年とは同じことが続かなかった。人間は病気したり、たまたま営業成績が上げられない年があったりします。だから要領よく仕事を廻していると思われる人でも、一定の年数で賃金を合計してみると、成果主義を導入しなかった場合の賃金と比較すれば、成果主義導入後の賃金のほうが低い金額になったそうです。

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   人間にはいろいろな人がいます。得意なことも不得意なことも人によって違うし、同じ人をとってみても、時点を変えてみれば得意不得意が変わることもあります。

 こうしてみると、真の意味で「要領の良い人」などというものは、私は存在しないと考えています。ある一つの事項を取り上げて、公平不公平を論ずることは、本当の意味では公平不公平を論ずることにはならないと考えています。

 結局、労働法が考えている、「どんな人であっても、どんな事項であっても、そのとき労働時間に該当する事業に従事したのなら、それに対して賃金を支給すべきである」というのがもっとも公平なのです。

 ぜひ、病院支部においても、このインシデント・アクシデントレポートの作成が時間外に行われているなら、超過勤務申請するべきものと考え、そのように取り組んでもらいたいと思います。そして、ご質問のようなケースの実態がどれくらいあるのか、組合はその実態を把握して活動に生かしてもらいたいと思います。組合活動は実態の把握から、ですから。

                             以 上

   

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