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笹山弁護士の労働相談

その9

質問

「昨年の年休消化は6日でした。病棟に配属されたスタッフ24人が全員20日の年休を消化する事はとてもできません。 1日当たり勤務すべき看護師の数が定めらていて、延べ出勤人数を計算すればスタッフ平均7日程度の年休しか消化できない人員しか配置されていないのはおかしいのではないでしょうか?ちなみに夏休暇が5日あって、これは全員が消化できました」

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答え

 今回は、年次有給休暇のご質問です(以下、「年休」と略します。)。

 1日あたりの勤務すべき看護師の数が定められていることが、年休消化の抑制になっており、希望していても年休消化をすることができないことになっているとするならば、それはおかしいです。

 年休は、法律上労働者に与えられた権利であり、権利の行使をすることに障害があってはならないのは法の理念からして当然だからです。

 まず年休の制度のそもそもに立ち返って見ましょう。

 年休は、雇用関係が6ヶ月以上継続した場合で、全労働日の8割以上出勤した労働者には法律上当然に発生する休暇であり、当該休暇が有給となるものです(労働基準法第39条)。

 これは、法律が労基法上の「労働者」に対して付与した権利であり、その「労働者」が正社員であるか、アルバイトであるか、派遣社員であるか、契約社員であるか、といった地位は一切関係ありません。

 私がよく担当する非正規社員の事件では、かつてよく、正社員には年休が与えられるのに、アルバイトにはこれがもらえないということに、会社から「アルバイトには年休なんてものはない」と言われることがあるという相談がありました。

 しかしこれは間違いなのです。

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 なぜ、法は労働者にこのような権利を付与したのでしょうか。

 年休は、労働者の生活向上のために心身ともにリフレッシュする機会が必要という考え方に基づいて制定された制度です。

 つまり、労働者は、自分や家族の生活を支えるために、長期間にわたって働く必要があります。

 現代では、年金が支給される65歳までは雇用を支えようという考え方が一般です。20代からみれば、実に40年の稼働です。

 このように長期間の稼働をするためには、労働者が身も心も健康である必要があり、そのような健康を保持するための一つの方策として、たまにはリフレッシュする機会が必要ということになったのです。

 しかし、休暇を取ると無給ということになれば、安心して労働者が休暇を取得することができません。

 そこで、法は、年に一定の日数について、いかなる理由であっても自由に労働者が休みを取得して、その日を好きに過ごすことができる、そんな日に使用者が賃金を支払うことを保障することで、こうしたリフレッシュを実現しようとしたわけです。

 労働基準法が保障する有給休暇の日数は、週30時間以上働く者については最低10日です。勤続期間が1年増えるごとに最大20日まで1日ずつ増加していきます。

 短時間労働者の場合は、比例付与の制度が定められています。

 年休は労働者の権利ですから、有給休暇を取るのに使用者の承認は必要ありません。理由を書いてその釈明をする必要もありません。事前にいつ年休を取るかの届けを出して休むことになります。「私、この日、年休を消化します」とだけ、言えばよいのです。

 では、使用者は、その日にその労働者にどうしても働いてもらわないと事業の運営上困るという場合は、どうすればいいのでしょうか。

 この場合については、使用者には、別の日に有給休暇を取得することを労働者に求めることができます。これを使用者の時季変更権といいます。

 使用者にとっては、労働者の一方的な都合で休みを取られたとき、その労働者に休まれてはその日の事業が全くまわらないということではそれはそれで不都合ですから、こうした変更権が用意されているのです。

 使用者が時季変更権を行使する場合は、労働者は、使用者の求めに従って別の日に有給休暇を取得することになります。

 この時季変更権についてはいくつか注意が必要です。

 まず、これは「休むな」というものではなく、「他の日にしてください」というものである、ということです。

 あくまで使用者にできることは、「せめて別の日にしてください」ということであって、休みそれ自体を抑制することではない、ということです。

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 これに関連して、みなさんの職場では、勤務表作成時に勤務表を作成する看護長が「休み(公休)希望は(4週間で)2カ所まで」と言ったりすることがあるということをうかがいました。

 この発言は、シフトの作成を行う際に計画的なシフト表を円滑に作成するという目的に沿う限りにおいて、不合理とまでは言いがたいとは考えます。ただ、それと年休は別だ、ということです。

 看護長がこのようにおっしゃって、みなさんがそれに従ってシフトができたとしても、みなさんが自分の労働日ということで割り当てられた日に、「私この日休みたい」ということは、権利の行使として認められなければならない。

 使用者がそこでいえることは、「じゃあ、別の日にしてもらえないか」ということだけである、ということなのです。

 次に、時季変更権が行使できる場合は限られているという問題です。

 それは、「事業の運営上非常に困る場合」に限られています。  使用者は自分の事業にとって必要があるから労働者を雇用しているのですから、その労働者が労働日に休むことは、困るに決まっているのです。

 しかし、法はそれでもあえて労働者に休む権利を、しかも有給のままで、保障しています。ですから、その人に休まれたら困るから時季変更権を行使するというのは、一般的に困るという場合ではダメなのです。

 たとえば、「その日は、その労働者が担当する契約を締結する日だから、その労働者でなければわからないことが多く、相手との交渉、詰めの場面でその人がいなければ契約そのものが成立しないかもしれない。

 取引がなくなってしまうのでは困る。」といった、当該労働者がいなければその日の事業そのものが破綻しかねないといった高度の必要性がある場合に限られているのです。

 こうして考えてみたとき、みなさんのお仕事の場合、こういっては恐縮ですが、その人でなければ事業そのものが破綻しかねないような業務というものが存在するでしょうか。

そうした場合というのは、存在するとしても限定されるように思われます。

 となると、皆さんが年次有給休暇を消化したいと申し出れば、その申出を使用者が「困る、他の日にしてくれ」といえる場面はそれほど存在しないのではないか、と考えられます。

 以上を前提に、ご質問に立ち返って、「病棟の人数が足りなくなるから休めない」という場合について考えてみましょう。

 病棟に必要な看護師の人数を決めてその人数を満たすというのは、まさに使用者にとっての事業上の必要です。この人数が欠けるから、休まないでくれ、というのは、まさに、一般的に困る場合ということになると思われます。それは困るに決まっています。

 ですが、先ほど見たように、法は、それでもあえて有給の休みの権利を保障しています。

 使用者が困ったとしても、労働者は休むことを権利として認められているのであり、使用者はそうした場合に、「その日だけは困るよ、あなたがいないとうちの病棟が止まってしまうよ。せめてほかの日にしてよ。」ということが言えるに過ぎないのです。

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 別の見方をすれば、使用者は、労働者が年次有給休暇をいつ取得したいと求めてきても、事業を回すことができるように、常に人員確保として余裕をもった人員を確保しておき、ある労働者が休みたいと言っても、その労働者の代替となる別の労働者に出勤を求めるようにすることができるようにしておく、そうした配置を取ることを法が求めていると言ってもいいでしょう。

 現に、私が担当したある事件では、派遣労働者たちが年次有給休暇を全く取得することのできないシフト体制で派遣先の工場で働いていたのですが、労働組合の団体交渉で、年次有給休暇の自由な取得が実現しました。

 この際、派遣元の会社は、労働組合に対し、毎日1名の余剰人員を配置していつ組合員が年次有給休暇を取得しても派遣先のシフトに穴が空かないようにすることを約束して、それを実行しました。

 みなさんがたの使用者も、そのような人員体制をつくるようにすればよい、ということになるかと思います。

 そんな無茶な、と使用者は言われるのでしょうね。

 しかし、無茶でもなんでもやってもらわないといけませんね。

 使用者が自らの職場で働く労働者に対して年休を取得するような措置をとることは、既に法律上の要請となっているからです。

 労働時間等の設定の改善に関する特別措置法という法律がそれです。

 同法第2条1項は、「事業主は、その雇用する労働者の労働時間等の設定の改善を図るため、業務の繁閑に応じた労働者の始業及び終業の時刻の設定、年次有給休暇を取得しやすい環境の整備その他の必要な措置を講ずるように努めなければならない。」と定め、

第6条は、「事業主は、事業主を代表する者及び当該事業主の雇用する労働者を代表する者を構成員とし、労働時間等の設定の改善を図るための措置その他労働時間等の設定の改善に関する事項を調査審議し、事業主に対し意見を述べることを目的とする全部の事業場を通じて一の又は事業場ごとの委員会を設置する等労働時間等の設定の改善を効果的に実施するために必要な体制の整備に努めなければならない。」とされています。

 この法律を具体化するために厚生労働省が策定した「労働時間等設定改善指針」においては、「労働者が心身の疲労を回復させ、健康で充実した生活を送るために、年次有給休暇の取得は不可欠」とした上で、「事業主は、年次有給休暇の完全消化を目指して取得の呼びかけ等を行い、取得しやすい雰囲気作りや、労使の年次有給休暇についての意識の改革をはかること。」をしなければならず、そのために、計画年休制度の積極的活用、業務量の把握、個人の年休消化計画表の作成、年休取得促進のための体制の整備、消化状況の把握を行う、といった行為をするように、と定められています。

 以上の法制定を受けて、全国の事業所で、次のような取り組みがなされていることが、厚生労働省によって紹介されています。

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・年次有給休暇の取得促進を日常的に従業員に意識付けるため、職場内にポスターを掲示するとともに、朝礼などで繰り返し呼びかけを行った。

・給与明細書に年次有給休暇の取得状況、残日数等を記載し、従業員自らが休暇取得状況を把握できるようにすることで、年次有給休暇の取得率が向上した。

・年次有給休暇の計画的付与制度導入にあたり、従業員からの要望を取り入れて、本人・妻子・両親の誕生日等の記念日に年次有給休暇を付与することとした。

・従業員全員が年次有給休暇の日数を確認できるようにするため、年次有給休暇管理表を掲示するとともに、取得日数が少ない従業員に対しては、管理職より年次有給休暇を取得するよう勧奨した結果、当初5割を下回っていた年次有給休暇の取得率が2年間で7割にまで向上した。

・誕生日休暇を創設し、確実に取得させるために、該当者に対して年次有給休暇の取得を促すメッセージを給与明細書も同封した。

・全社員のスケジュールを掲示し、取引先や顧客へ支障がでないよう、社内で連携した。

・年次有給休暇が取得しやすいよう繁忙日に合わせて派遣社員を増員するなど人員配置の見直しを行った。

・年次有給休暇の取得率を向上させる方法を検討をするために、取得率が40%以下の社員を対象に「有給休暇の取りやすさ・取りにくさ」について、アンケート調査を実施し、阻害要因を少しずつ解消することにより、取得率が低い従業員への取得促進を図ることとした。

・総務課長を「年休ドクター」に任命し、従業員全員の「年休カルテ」を作成。年次有給休暇の取得状況に応じて従業員と面談を行い、従業員の意見・要望をヒアリングし、年次有給休暇が取得しやすいようにアドバイス等を行った。

 こうした法律があることからしても、使用者には、年休取得をむしろ促進させることが求められていることを十二分にご理解いただく必要があるでしょう。

 なにより、年休は、労働者が人間として健やかに、輝き続けるためのものです。人間が人間として大事にされる。これ以上に大事なことはないでしょう。

 そして、みなさんの職場は看護の職場です。職場の理念そのものが、人間を人間として大事にすることですよね。そうであれば、使用者も年次有給休暇の理念を理解することは容易なはずです。

 以上に基づいて、使用者と労働組合がよく協議することだと思います。

 職場の体制を損なわないように、でも、労働者が休みたいときに休めるようにするために、どうすればいいか。

 最後に、年休に関してよくあるご質問として、「年休を未消化にしてしまった場合、当該年休を使用者に買い上げてもらえないか」というものがあります。

 これは制度として、買い上げるということはできることにはなっていません。したがって、「休ませろ」という要求をすることはできますが、「使えなかった分を買い上げろ」と要求することはできません。

 ただし、労使の合意で買い上げる対応をすることは制限されていません。したがって労使協議の結果、合意として買い上げる対応をしてもらうということはあり得ることです。

                           以 上

 

 

 

   

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