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笹山弁護士の労働相談

その20

質問

Q20 手書きのメモは労働時間を確認する証拠になるのでしょうか?私が勤務している病院では、労働基準監督署の指導が入り今年の1月から勤務終了時間を手書きで書かされています。面倒なんですけど意味があるんでしょうか?

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答え

 「労働時間」の把握方法の問題です。

 結論からいえば、極めて大きな意味があります。手書きのメモは、労働時間を確認する最大の証拠となります。

この間、何度かこのQ&Aで「労働時間」の問題を取り上げてきました。それでは、その「労働時間」を、どうやって把握したらいいのでしょうか?

この問題は、私たち弁護士の法律実務でも常に問題になります。残業代請求事件では、毎日の一日一日について、その労働者が何時から業務を開始し、何時に業務を終了したのか、法定労働時間をどれだけ超えたのか、それが深夜帯にわたっているのか、そういった時間の把握こそが請求の根拠になります。また過労死事件や精神疾患を発症している労災申請事件では、どれだけ長時間の労働に従事していたのか、その把握のためにも労働時間の把握は不可欠です。

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 ではどうやって労働時間を把握するのか?

 客観的な機械的記録があれば、それを使います。考えられる例の代表はタイムカードです。まさに労働時間把握のためのツールですからね。

 そのほかにも、パソコン上のタイムシート、パソコンの立ち上げやシャットダウンの時刻、文書の作成終了時刻、電子メールの発信受信時刻、職場の入り口の入退室の時刻など、機械に記録されているそうした記録を活用します。

 ただ、それですべての労働時間が把握できる場合はよいのですが、そのような事例は多くはありません。これは手がかり、あるいは最低限の時間把握にしかなっていないという場合も多くあります。

 使用者は本来、労働時間を積極的に把握しなければならない法的立場にあります。2001年には、厚生労働省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」という通知まで出して、労働時間の把握を使用者に積極的に行うように通知していますし、その際機械的方法による客観的記録の作成を推奨してもいます。

 しかし、残念ながらまだまだそうした対応が社会の隅々までいきわたっているかといえば、そうではないのが実状です。

 それどころか、タイムカードの打刻を、残業代を発生させないように上司が勝手に行ってしまうなどという事例もあります。

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 また、「何が労働時間か」という観点で労働時間の概念理解が、労使で異なる場合に、労働者が考える労働時間だからといってその時点でタイムカードを打刻することを使用者が認めないケースなどもあります。例えば、このQ&Aで何度か紹介してきた三菱重工業長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日判決)では、工場作業開始前の着替え及び着替え場所から工場の作業場所までの徒歩にかかる時間が労働時間かが争われた事件でした。最高裁は、使用者が労働時間と認めてこなかったことについて、その時間は使用者の指揮命令下に置かれている時間であるとして労働時間であると判定したのです。

 そのほか、業務の状況によっては、機械的把握によって労働時間を把握することができない場合もあります。

 そこでそうした場合に活用されるものこそ、本人作成のメモです。

 私は本人作成のメモしか証拠がないけれども残業代請求事件で勝訴したというケースを何度も体験してきました。

 私の経験では、例えば手帳のようなものに記載する場合や、労働時間以外にもその日の業務のスケジュールや、その日にあった出来事などを走り書きでも、備考欄に記載されているメモで、長期間にわたって継続的に作成されているものは、信用性が高いと評価されていたように思います。というのは、手書きメモは、どうしても事後的に偽造したのではないかという疑惑にさらされるので、その疑惑を払しょくするために、偽造とは考えにくくなる情報が一緒に掲示されていたほうがよいからです。

 ということですので、メモの記入はご面倒かもしれませんが、ぜひ積極的に正確な時間を記入してください!

 メモの記入にあたっては、正確さが大切です。超過勤務命令簿に記載したものと同じ時間を、1分単位で書くようにがんばって下さい。

 ご質問の中に、労基署からの指導があったということがあるので、その点についても触れておきます。

 大上段な話になりますが、労働法は、労働者の生命、健康、生活を保護しようとする法体系です。その方法には二つの方法があります。

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 一つは、「法が労働契約や任用関係の内容を直接規律して、その内容の実現を労使に強制する」ことで労働者の生活を保護しようとする仕方。わかりやすく言えば、みなさんの場合、公務員の方は任用関係、公社に直接雇用されている方は労働契約関係で、それを根拠にして病院で働いているわけです。その任用なり、労働契約なりの内容をどう決めるかについて、法がこのような内容にしなさいとか、こういう内容はだめよとか、最低でもこれ以上にしなさいとかいった形で直接介入するやり方です。

 いま一つは、「労働組合の自律と活動を強力に支援し、労働組合による使用者との間の協議と合意を実現する」仕方です。ほかのどんな団体でもない、「労働組合」に対して、その組織、活動を保護する。そして、使用者が労働組合に対して約束したことには強力な効力を持たせる。そのことによって、結果として、労働者の生活水準を維持したり引き上げたりしようというわけです。

 ただ前者の方法の場合、法が本当に契約や任用の内容として実現しているかについて、それを監視し、実現していない場合に強制していく仕組みが必要になります。そうした仕組みとして法が用意したのが、「労働基準監督署による監督」なのです。

 私の知る限り、労働基準書の監督官たちはみな、日夜、労働基準法をはじめ、労働法の実現のために奮闘しています。ただ彼らは行政官ですから、法に基づく権限を行使する存在として権限を行使できるためには、それ相応の根拠が必要なのです。そのために、労働時間が正しく把握されているのか、把握されたうえで、超過勤務手当や変形労働時間制度の要件順守がなされているか、36協定違反がないかをチェックでき、誤りがあれば指導をできるのです。その趣旨で労働時間把握がきちんとなされるために、メモ作成が重要ということで指導の対象になったのでしょう。

 このように、労基署は、私たち労働者の強い味方。労基署の力を借りて、職場を働きやすいものにするためにも、労働時間のメモは大切と思います。

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 メモの作成にあたって、おそらくみなさんの職場では、さきほどの三菱重工業長崎造船所事件の事例にあったように、「これは労働時間なのか」ということで、使用者と見解が分かれる時間の部分があるのかもしれません。メモのポイントとしては、そうした時間でも、「使用者の指揮命令によって過ごした時間だな」と思える場合は、その時間も含めてメモの対象としましょう。そして、備考欄などに、「何時から何時までは●●の作業」といった形で、後から何をしてその時間が含まれるのかがわかるように明示するとよいと思います。

 そして、やはり大切なのは継続性です。一定のまとまった期間にまとまった記録があることが力になります。今年の1月から開始しているということですが、私からすればまだ始まったばかりという感じです。粘り強く取り組んでほしいですね。

 メモ運動は、労働組合の活動として、だれでもが手軽に行うことができる点、その物量が事実を端的に示すことができる点、で優れた運動方法です。ぜひ、みなさんの職場でのその運動が大きく盛り上がることを希望します。

                              以 上

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