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笹山弁護士の労働相談

その14

質問

 「看護長の病棟運営がひどいので相談させてください。超過勤務はつけてくれないし、つけるときも不公平です。院が認めている悉皆研修の超勤も時間を削られます。業務の割り振りも不公平です。こういうのをパワハラと言うのではないでしょうか?」

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答え

ううむ、それはひどいですね。仕事だけきついものを与え、しかし権利は実現してくれない。あるまじき態度という印象を持ちます。

 ただご相談の現象を法的にパワハラと言うか否か、という点では、「パワハラに該当する可能性は高いが、確たることはいえない」という、少々曖昧な返答になってしまいます。

 労働契約法に基づき、労働契約上の使用者には、安全配慮義務があります。労働者の生命、身体、心身の健康の確保のために必要かつ可能な措置をとって、働きやすい職場を実現する義務があるのです。これは、労働契約法の適用がない地方公務員の場合であっても、使用者である行政には同様の義務があります。

 しかし、では、その義務に違反したいかなる場合が許されないものとなるのか、パワーハラスメントとは何か、ということについて、法律の決まりは実のところ存在しません。

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 決まりがないこともあって、何が許される行為で何が許されない行為なのかがはっきりせず、そのため現場で労働者が苦しい思いを抱え込む事例が増加しています。

 こうした傾向を受けて、厚生労働省では、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」という会議を発足させ、2011年7月から検討を進め、2012年1月30日、このワーキンググループが、円卓会議に向けて報告書をとりまとめて提出し、これを踏まえ、円卓会議は、3月15日に「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」をとりまとめたことはQ13でも述べたとおりです。

 このワーキンググループの報告書の中で、職場のパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」を言う、と定義されています。

 したがって、なにがパワーハラスメントに該当するかについては、一応、上記の定義に該当するか否かで判断をすればよいと考えられます。

 ご質問においては、看護長という「職務上の地位」のある人が、地位における「優位性を背景」に、ご相談者からみて不公平な業務の割り振りや超過勤務手当が発生するための承認手続きに協力しない、という趣旨と思われます。この看護長の行為が、「業務の適正な範囲を超え」たものであり、また、「精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」といえるかどうか、ということが判断の分かれ目です。

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 この点、業務の不公平な割り振りという点は、具体的な内容を見てみないと、その程度を含め、何ともいえない部分があります。ですからこれだけであれば、本当にパワハラに該当するか否かは何ともいえない部分があります。

 しかし、超過勤務手当の手続きをしない点は、これは超過勤務の事実があれば必ず支払を行わなければならないものですから、その手続きを遂行するにあたり看護長に裁量権はありません。看護長は、超過勤務の事実に従って手続きをするだけが仕事です。したがってこの点における看護長の行為は、「業務の適正な範囲を超え」たものといえるでしょう。

 ただ結果として「精神的・身体的苦痛」があるとか、「職場環境が悪化」しているとかは、問題とされる行為の程度にも影響を受けます。つまり、超過勤務手当の未払いの問題であれば、その未払いについて何回くらいあって、あるいは総額としてどれくらいが未払いになっているか、といった内容によっても影響を受けるのです。

 私の回答が曖昧なのは、この超過勤務手当未払いについて、支払われていない金額や、看護長がこうした態度をとった回数、期間といったもう少し具体的な事実の情報を抜きに判断ができないからです。

 今回ご相談の内容を受けて、いくつか考えるところを言います。

 多数パワハラ事件を担当してきて私が考えるには、「パワハラにも3段階ある」ということです。

 @およそパワハラとは言いがたい段階。

 Aパワハラの定義には該当しており、職場内で討議、検討、改善が必要なレベルではあるが、法的責任を誰かが問われなければならないレベルには至っていない段階。

 Bパワハラの定義にも該当するし、誰かが法的責任を問われるべきレベルに達している段階。もちろん職場内の改善は必須。

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 いずれにしてもパワハラは、問題の事実以外にも、職場の人間関係や、問題の事実以前の諸事実などを踏まえて総合的に判断されるものです。ですから上記のご相談の内容も、これだけの情報では、パワハラであるとも、上記の@〜Bのどの段階にあるとも、断言はしかねます。

 ただ、受けた印象で言えば、ご相談者の事例は、Aの段階かなという印象を持ちます。病院の職場は、長時間労働が蔓延していますし、超過勤務手当の未払いも恒常的ですよね。そうした状況とご相談者の相談内容が無縁であるはずはないですから、その意味では@とは言いがたいと思われます。法律に無頓着ということは、法によって守られるはずの人(労働法でいえば労働者)の権利に無頓着になりますから。

 そして、AからBに移行するのは簡単だ、ということも、経験上得た知識として申し上げておきたいと思います。

 以上を踏まえて、私としては、真実Aの段階にあるならば、今のうちに、職場の問題を共有、検討し、改善の方向性に踏み出さないと、そのうち問題はいつのまにかBの段階に移行し、労働者の仲間の誰かの精神疾患の発症等、大変なことになる、ということを言いたいわけです。

 職場の内部で問題を共有し、あるまじき問題がどこにあるかを検討した上で、改善していく手立てを講じることを考えたいですね。組合も、そうした議論の場として、役割を発揮して欲しいと思います。

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 組合の場で議論すれば、きっと問題の値を深く掘り下げることができるでしょう。パワハラ問題は、気まぐれで発生することはまずありません。今回のご相談も、看護長個人の問題に還元するだけではいけないと思われます。看護長が心を改めれば済むのか。そんなに単純ではないはずです。おそらくは、看護長の行為を、内心容認している病院自体のあり方に問題が有る場合が少なくないのではと想像します。その意味では、病院が、病院として、超過勤務手当をしっかり支払う、そのために事実確認の役割をきちんと果たすようにと看護長に指導していく体制が必要なのではないか、と想像しますがいかがでしょう。

 こうした点を含め、議論をする場が組合だと思うのです。

                             以 上

   

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