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笹山弁護士の労働相談

その17

質問

「育児短時間を利用しています。月に2回くらい、超過勤務の業務命令が担当課長からあります。育児短時間利用者への超過勤務命令はありなんでしょうか。事前っていっても当日に、命令したんだから超勤してよというのは、育児短時間制度の趣旨ともあわないし。業務命令って言えば何でもいいわけって思います」

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答え

 

それはひどいですね。

結論からいえば、あなたの地位とその職場の状況によりますが、あなたに対する超過勤務命令は無効である場合が多いと考えます。

 まずは育児短時間制度についてみてみましょう。

 育児短時間制度(以下、「育短」といいます。)とは、「育児休業、介護休業等、育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(通称「育児介護休業法」)に基づき、当該労働者が養育する子が3歳に達するまでの期間、労働時間を原則として6時間として定める制度です(育児介護休業法23条1項)。

平成22年の法改正によって、この制度を就業規則等の制度として設けることが義務化されました。

 ここでは、3歳に満たない子を養育する労働者が申し出た場合には、事業主は、所定労働時間を超えて就業させてはいけません。

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ただし、「事業の正常な運営を妨げる場合」はこの限りではない、とされています(法第16条の8)。

 地方公務員の場合は、この法律と同じ趣旨が、「地方公務員の育児休業等に関する法律」で定められています。ここでは、「当該職員の小学校就学の始期に達するまでの子を養育するため、当該子がその始期に達するまで」、つまり小学校の入学までの期間ですね、いくつかある短時間の雇用形態の一つを選んで勤務できることになっています(1日3時間55分、あるいは4時間55分といった勤務形態を選択できます。)。

 そして、育児介護休業法第61条20項では、地方公務員の場合、3歳に満たない子を養育する職員が請求した場合、公務の遂行に支障がないと認めるときは、所定労働時間を超えて勤務しないことを承認しなければならないとされています。

 病院支部からの相談ということでいうと、あなたが地方公務員である場合とそうでない場合とが考えられます。

 地方公務員である場合で、お子さんが3歳に満たない場合は、育短の承認の際に、所定労働時間を超えて勤務しないという請求をあなたがしており、それを当局が承認したという経緯があれば、そもそもあなたに対して超過勤務を命令することはできません。

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 それ以外の場合は、一応、理屈としては、超過勤務命令をすること自体は、ありうることです。あなたが地方公務員でない場合でも、原則として超過勤務は命じられませんが、「事業の正常な運営を妨げる場合」であるということであれば命じることができるわけです。

 では、理屈としてありうるという場合でも、超過勤務命令について、当局は自由に出してよいということになるのでしょうか。

 そうではありません。

 まず、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するケースは、相当に限定的であることを確認しておきましょう。

「事業の正常な運営を妨げる場合」については、年休の時季変更権の場合と文言が同じであることにも鑑み、その解釈と同様に考えることができます。つまり、繁忙期において当該労働者でなければ処理が出来ないような業務が大量に発生した場合等です。

単に忙しいといった理由だけでは認められませんので、やむを得ない特別な事情がある等、相当に限定されています。

病院の職場では、ある種の緊急事態として、「緊急入院」とか、「患者さんの死亡」などの場合が考えられるかと思いますが、これは病院の実務としては特別な事態ではないでしょうし、当該労働者でなければ処理できないことでもないでしょう。このくらいでは「事業の正常な運営を妨げる場合」とはいえません。

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 判断のメルクマールは、「私でなければできない仕事」といえるか、あるいは、病院実務として1年に1度あるかないかくらいの緊急事態であるかいなか、といったあたりと考えます。 したがって、「事業の正常な運営を妨げる場合」を理由にしていても、本当にその場合に該当していると判断できなければ、超過勤務命令は無効といえます。

 また、それ以外の場合であっても、育短の趣旨に照らして考えなければなりません。

私たちは、労働契約を締結して、あるいは自治体に任用されて働いています。しかし、私たち労働者は、古代の奴隷や、中世の農奴ではありません。

私たちがいくらこの拘束時間帯においては雇い主や自治体の指示に従って働くといっても、それはありとあらゆる命令に全面的に服従しなければならないことは意味しません。労働者は、命と健康、尊厳まで売り渡しているのではないのです。

労働者は、業務命令をする使用者、自治体と対等な地位にあります。対等な当事者なのに、相手の指示に全面的に服従しなければならないとするのは不合理です。

 したがって使用者あるいは自治体の指示が、何らかの法規範に照らして不合理であったり、労働契約や任用の趣旨からしてそれを逸脱するようなものである場合は、そのような指示は契約あるいは任用を根拠として指示できる指示権の埒外と考えるべきです。

 こうした考え方を示した裁判例もあります。

 トナミ運輸事件(富山地裁平成17年2月23日判決。労働判例891号12頁)

「雇用契約の付随的義務として、その契約の本来の趣旨に即して、合理的な裁量の範囲内で配置、異動、担当職務の決定及び人事考課、昇格等について人事権を行使すべき義務を負っているというべきであり、その裁量を逸脱した場合はこのような義務に違反したものとして債務不履行責任を負うと解すべきである。」

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 以上に基づき、今回の場合を考えてみましょう。

 もともと育短は、労働者が育児をすることができる時間を確保することで労働者の福祉を図ろうとする制度です。ですから、育児の時間を確保することに意味があり、時間外勤務を命じていては育児の時間の確保になりませんから、育短の制度の趣旨に反することといえます。だから民間の場合、「事業の正常な運営を妨げる場合」というごく例外的な場合を除いて、超過勤務命令は出せないとされているのです。

とすれば、育児時短の制度趣旨に反する業務指示は、育児時短制度という法制度に照らして不合理なものであり、当該業務指示の効力はないと考えるべきです。

 今回のご相談の場合、月に2度ほどの割合で超過勤務命令が出されていること、超過勤務命令は当日になって急に指示されるものであることに鑑みれば、あなたの職場では、当日の職場の状況にとって人手が足りないという状況が生まれれば、安易にあなたに超過勤務を指示している状況が想定されます。

 この想定どおりであるとするなら、超過勤務の指示は、育短の制度趣旨に反して指示されているものであり、そのような指示は無効です。

 組合のみなさんと、育短の制度趣旨をきちんと充足させ、安易に業務指示として超過勤務命令を発令しないような協議が、使用者あるいは自治体との間で行われるべきと考えます。

                                以 上

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