病院支部ホームページリンク

労働相談トップページリンク

笹山弁護士の労働相談

その6

質問

「病院の看護師です。

病院との間で超勤のルールを決める36協定があると、組合の役員から聞きました。

超過勤務の上限を決めて働き過ぎから守る仕組みとの説明でしたが、超過勤務申請がしにくく、全部どころかほとんど書けていません。

こんな中で36協定を結ぶ意味ってあるのでしょうか?」

line01

答え

答えるのが難しいご質問ですね。

あいまいな答えで恐縮ですが、36協定を結ぶことには、組合の対応や、一人一人の組合員の姿勢によって、意味があるともいえるし、ないともいえます。

 まずは、36協定とは、という基本を、改めて確認しましょう。

 我が国の労働時間規制の大原則は、1日の労働時間の上限は8時間、週の労働時間の上限は40時間、というものです(労働基準法第32条)。

この規制に違反することは民事上許されないのとともに、行政上、刑事上の規制の対象となります。

つまり8時間を超えて就労を命じることは契約法上不能であり、仮にそのような就労指示があってもそれは法律違反だからと労働者は拒否できる。

また、労基法違反は行政上の取り締まり対象になるので、そのような実態を労働基準監督署が探知するとそれは労基署からの指導対象となる。

また、労基法違反の就労は、それ自体犯罪行為行為ですから、それを命じた使用者は逮捕されることもあり得ます。

 しかし、四角四面に1日8時間週40時間というふうにはいかないよという仕事も存在することに鑑み、労基法は32条の例外措置を定めることを認めているのです。

ですから、使用者は、労基法32条の規制を免れようとすると、この例外措置を取ることが必要になるのです。

 この例外措置のもっとも典型的な例が、「36(サブロク)協定」なのです。

これは、労働基準法36条に定められることから、サブロク協定と呼ばれるようになりました。

 36協定が置かれることの趣旨は、「時間外労働の必要性に応えるとともに、時間外労働の適正化をはかる。」です。

ここで言う「適正化」とは、「労働時間規制の趣旨に外れないようにする」ということです。

「労働時間規制の趣旨」とは、労基法32条で定めた労働時間規制の大原則の存在意義のこと。

つまり、資本主義の初期の時代に、「低賃金・長時間労働などの劣悪な労働条件が、労働者の健康の破壊をもたらし、労働災害に遭っても補償を受けられない」ものとなった、という事実があったので、それを是正する、ということです(菅野和夫、「労働法」1〜2頁)。

イメージ

 

こうした趣旨に基づいて、「36協定」は、一定の要件を備えなければなりません。

 それは、「過半数代表者または過半数を組織する労働組合」が締結すること。

労働者の代表によって時間外労働について使用者と協議することによって労働者側の不利益を回避するためです。

 また、「上限の時間など、一定の内容を定めること」です。

一定の時間外労働を認めるにしても際限のない労働や劣悪な環境での就労を認めず、また、深夜における就労を規制するなどして、労働者の健康を損なわない条件を定める、そうした内容を決めなければならないこととされています。

 そうして締結された36協定の具体的な効果は、「基準違反の刑事事件の免責効果」です。

つまり、36協定を締結せずに時間外労働をさせると、使用者は労基法32条で逮捕される可能性があることをさきほど述べました。

この逮捕の危険、刑事訴追の危険を解消する、使用者が逮捕、訴追されることを免れさせる、それが36協定の効果なのです。

 どうでしょう?ここまで読んできたら、36協定によって、得をするのが誰かがわかりましたね。

36協定で得をするのは、実は、使用者なのです。

 この点からすれば、36協定は、労働者及び労働組合にとっては何の得もない話です。だから、締結の意味はありません。

 しかし、現実に、時間外労働なんてやりたくないから36協定なんか締結しない、ということにできるのでしょうか?それが可能なら議論はここで終わりです。

 病院という職場は、患者さんの命と健康を守るという立場から、おそらく、必ず一定の深夜労働や、時間外労働が必要になることが多い職場なのでしょうね。

だとすれば、36協定の締結をしなければならないことになるのでしょう。

患者さんの命を守るために時間外労働をしたらそれで経営者が逮捕される、というのでは全体として不合理ですからね。

 そうなると、労働者及び労働組合にとっては、いかに36協定の趣旨である、「時間外労働の適正化をはかる」=「労働時間規制の趣旨に外れないようにする」ということを、36協定締結の議論と締結の手続きを通じて実現するか、ということが課題になります。

労働者及び労働組合には、この点に意味があることになります。

 うちの職場では、なぜ時間外労働が必要なのか。

そもそも時間外労働は適切に把握されているか。

どれくらいの時間外労働までなら適正で、どれくらいの時間外労働なら健康の危険があるのか。

深夜労働としては、その負担を考えて引き換えとしてはどんな条件が必要か。

そうしたことを出し合い、組合で協議し、それを使用者に要求して、使用者と協議する、そういうプロセスそのものが大切です。

そうした議論そのものが職場の問題点を抽出して、問題を改善する案を生み、その実現のためにどのような努力が必要になるかを明らかにするでしょう。

そうした一歩一歩の取り組みが進めば、36協定の締結を通じて、労働者の職場に還元されるものがあるでしょう。

イメージ

 ところで、ご質問の中には、「超過勤務申請がしにくい」という話が出てきます。

これは、「超過勤務したことに対応する超過勤務手当を出してもらうための超過勤務時間を使用者に申請できない」という意味ですよね。

 これは理屈の上では、36協定とは別の問題です。

36協定があろうがあるまいが、使用者は、労働時間の実態を把握し、把握した労働時間に対応する賃金を支払うことを義務づけられています。

労働時間をきちんと把握することについては、厚生労働省からも厳重な通達がなされています。

 以上から、「超過勤務申請がしにくい」という問題は、使用者の労働時間把握の懈怠と労基法違反の賃金不払いの事実を示すだけであり、36協定の存在や意義とは直接関係しない問題です。

 したがって、「超過勤務申請がしにくい」から「36協定に意味があるのか」というご質問は、質問自体が論理的でありません。だから答えにくいのです。

 ただ、おそらくこのようなご質問の趣旨は、超過勤務についてろくに申請できない状況であり、超過勤務について把握しようという実態がないのに、時間外労働に関して協定しても意味がないのではないか、という意味ですよね。

 まさに、超過勤務について実態把握していないのに、36協定だけ締結するというのは、意味がないです。

だって、それは使用者に逮捕や訴追を免ずるだけでなく、使用者にやりたい放題の時間外労働の権限を委ねているかのような効果を生み出しているでしょうから。

 だとすれば、36協定の締結を意味あるものにしていかなければなりません。超過勤務の実態をきちんと把握する。

超過勤務に対応した賃金はきちんと支払う。

労働法で当たり前とされているその原則を、職場での議論と運動で、取り戻していくことが必要になります。

36協定締結の際に、そのような議論をたくさん、行うようにしてください。

 どうせ結ばなければならないのなら、そのように意味あるものになるように議論しましょう。

 また、蛇足ながら申し上げておきますと、「そんなことなら、どうせうちの病院では、時間外労働の実態を把握するつもりもないし、それに対応する超勤手当を出すつもりもない。

いくら言ってもかわりはしない。だから議論する意味がない。」というご意見があるかもしれません。

 しかし、そんな夢のない悲しいことを言うのには、ちょっと待ってください、と言いたいですね。諦めたら、もうそれで終わりです。金輪際、労働条件が改善されることはありません。

しかし、夢を持って取り組めば、改善されるかもしれないではないですか。

 私が担当したある事件の職場では、ひどいパワハラに遭って労働者が辞めさせられたのですが、その労働者が裁判に立ち上がり、それを労働組合が支援しました。

裁判では、会社は、「うちの会社にはパワハラなんてない」と言い続けていました。しかし、裁判の最後に、会社は、「パワハラ問題に真摯に取り組み、労働組合と協議して対応する。」ということを約束しました。

 パワハラ問題がないのなら、そんな約束する必要はないはずなのに、パワハラ根絶を約束した。裁判の当事者と労働組合の取り組みが、会社にここまでの決意をさせるに至ったのです。

 私は、これまで、こうした労働者と労働組合の不屈の取り組みが、職場を変えていった事例をいくつも見てきました。

裁判なんて不幸な事態にならなくとも、労働組合はこのような取り組みをすることが出来るはずです。

みなさんにも、ぜひ、そうした観点に立って、あきらめずに取り組んでもらいたいと考えます。

                          以 上

 

このページの先頭へ