Q19 ブラック看護長について相談です。4月から来た看護長は、『内科の慢性期病棟なんだから超過勤務になるわけない。超勤は出さないよ』と公言してはばかりません。実際には、前超勤もしてますし、毎日20分ぐらい、長いときには1時間を超す超勤になりますが、全く超過勤務がつきません。20分くらいは我慢するべきなんでしょうか?
改めて、「労働時間」の問題ですね。
結論からいえば、全く我慢するべきではありません。
20分どころか、1分であっても働いた時間はすべて「労働時間」として把握し、超過勤務としてその分の手当てが支給されるべきです。
改めて、「労働時間」とは何か、ということを確認しておきましょう。
「労働時間」とは、「雇い主の必要に応じて、雇い主が労働者に求める行動に、労働者が従事しなければならなかった時間」です。
この点について、裁判例は、労働時間を次のように定義しています。「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」(三菱重工業事件、最高裁平成12年3月9日判決)。
超過勤務については、「残業」という言葉に引きずられて、所定の労働時間が延びた場合を想定しやすいのですが、上記の労働時間の考え方からすれば、所定労働時間の前であるか、後であるかを問いません。
したがって、ご相談の、「前超勤」と、「毎日20分ぐらい、長いときには1時間を超す超勤」については、そのいずれについても、「労働時間」として把握されます。
いずれの時間についても、内科の慢性期病棟として、使用者の指揮命令におかれた時間といえるからです。
ブラック看護長氏がおっしゃる、「内科の慢性期病棟なんだから超過勤務になるわけない」との理由は、超過勤務として把握をしないことの理由にはなりません。
超過勤務であるか否か、つまり所定労働時間を超えた労働時間があるかないかは、「べき論」ではなく、「使用者の指揮命令下の時間が実際にあったかなかったか」という、事実によって把握されるべきだからです。
ブラック看護長氏の発言は、司法に携わる者の感覚からすれば、「?(言っている意味が全然わからない)」というものです。
あるいは、「前超勤」については、出勤しなさいとの明確な指示がなかったのだから、それは自主的なもの、ボランティア的なものであって、使用者の指揮命令下にあるとはいえない、との反論があるかもしれません。
しかし、この点についても、司法の場では解決済みです。
なぜなら、病棟で働くみなさんは、別にボランティアをしているわけではなく、前超勤の時間において、患者さんの現状や医師の指示について把握する、看護業務について事前準備する、といった時間がなければ、本来の所定労働時間において看護業務の就労が十分に行うことができないからこそ出勤しているわけです。
これは業務上の必要性があっての就労です。そのような就労であることを知っていながら、放置して就労させ、その就労の成果を受領している使用者については、明確な業務指示がなくとも、それは業務指示をしているのと同じである、いわば「アイ・コンタクト」で指示している、と考えられるからです。
司法の世界ではこうした指示を、「黙示の指示」と呼んでいます。こうした黙示の指示でも業務命令となり、その指示に基づく就労が労働時間として把握され、超過勤務の対象となることは、同じ東京都の職場で働く労働者の超過勤務手当請求事件で、裁判所も認めているところです(東京都教育庁事件、東京地裁平成22年3月25日判決、東京高裁平成22年7月28日判決)。
なお、この東京都教育庁事件は、私が担当した案件です。
さて、では、前超勤や、20分以上ある超勤について、労働時間としては実際にはどのように把握されるべきでしょうか。
労働時間は、使用者において、1分単位で把握しなければなりません。
2001年、厚生労働省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」を策定しました。
「使用者が労働者の労働時間を適正に把握する責務があることを改めて明確にし、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置を示」すことが、その趣旨です。
そのために、使用者が、労働時間を把握する場合にどのように行うべきかについての指針を明らかにしています。
この中で、「使用者は、労働時間を適正に管理するため、労働者の労働日ごとの始業・ 終業時刻を確認し、これを記録すること。」とされ、その確認方法は、「ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、記録すること。
イ タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること。」のいずれかの方法によるべしとされています。
ここで、「始業時刻」「終業時刻」とあるように、ここで把握されるべき労働時間とは、「●時●分」という1分単位の把握が指示されています。それを、使用者が把握しなければならないわけです。
以上により、ブラック看護長氏は、自ら現認するか、できないのなら客観的な記録方法に基づいて、「●時●分」という単位で、各労働者の、1日1日の、各労働時間を、把握しなければならないのです。
そして、これが所定労働時間を超えるものであるとき、それは超過勤務として把握され、超過勤務手当支給の対象となるわけです。
さて、ここまでは、労働法における労働時間の考え方からすれば、しごく当然の結末です。
しごく当然の結末なのに、何を言っているのかわからないブラック看護長氏の言がまかり通る職場を、どうしたらいいのでしょうか。
労働組合が、労働法の順守を求めて、使用者に態度を改め、厚生労働省が指針として示すところを実践するよう、交渉を求めていくことは、当然に必要でしょう。
ですが、私は、もう少し問題意識を深め、職場の一人一人の労働者のみなさんにもこの問題を考えていただきたいと存じます。
超過勤務手当は、賃金不払いですから、労働基準法違反です。
この労働基準法違反は、犯罪です(労働基準法第119条、第120条)。
ブラック看護長氏のブラックな言動を見過ごしている職場のみなさんは、犯罪を見過ごしているということになるわけです。
目の前で、他人を殴っている人がいたら、みなさんはどうしますか?警察に通報する人もいるでしょう。でも、きっと殴っている人を自ら止める人もいるでしょう。そこまではできなくとも、「止めろ!」と声を上げる人もいるでしょう。
他人が殴られている現場を見るのも、ブラック看護長氏の横暴を見るのも、ただ座しているだけなら、犯罪を放置しているという意味では同じなのです。
他人が殴られている現場を見ているときと同じように、ブラック看護長氏の横暴にも、「止めてください」と声をあげてみませんか。組合に通報することとあわせて。
これだけあからさまな違法行為が堂々とまかり通ったままではあまりに悔しいですね。そんな状況は変えていきましょう。
労働組合の活動も、皆さん方労働者おひとりおひとりが、職場の問題をおかしいと考え、それに対して声を上げることが基礎にあって成り立つものだと思います。ぜひ、ご相談者をはじめ、職場のみなさんおひとりおひとりに、ご自分にできるアクションを考えていただければと思います。
以 上