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笹山弁護士の労働相談

その10

質問

医師です。組合員ではありませんが相談させてください。
 月に数回の当直を行っていますが、日によっては寝ることもできません。それなのに当直明けも普段どおりの勤務が待っています。当直明けも働かせるのは、医療安全の面からいってもおかしいのではないでしょうか

line01

 

答え

 なるほど、医師も過酷な実態にある、というわけですね。

 これは、労働基準法の「断続的労働」の一形態である「宿日直」の適法性の問題です。  確かに、医療安全の面からすると不合理な事態ではあるように思われます。ただ、結論を言えば、適法的な場合と、そうでない場合と、双方あり得る、ということだと考えます。

 医師の場合であっても、原則として、労働契約を締結して勤務する医師及び地方公共団体で勤務する医師の場合、労働基準法の労働時間制度の適用があります。

したがって、原則として1日8時間、週40時間という労働時間の上限のもとで働くことになります。

 この原則の例外にはいくつかの制度が設けられていますが、ご質問のケースの場合まず考えられるのは、労働基準法上の「宿日直」制度の適用です。

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 労働基準法第41条第3号は、「監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの」については、「労働時間、休憩及び休日に関する規定は…適用しない。」としています。

医師の「宿日直」の場合は、労働基準法施行規則第23条が、「使用者は、宿直又は日直の勤務で断続的な業務について、…所轄労働基準監督署長の許可を受けた場合は、これに従事する労働者を、法第三十二条の規定にかかわらず、使用することができる。」と定めており、この規定により法41条3号にいう「断続的労働」に該当するということで、労働時間法制の例外化が図られているのです。

 とくに医師の場合、医療法第16条が、「医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。

但し、病院に勤務する医師が、その病院に隣接した場所に居住する場合において、病院所在地の都道府県知事の許可を受けたときは、この限りでない。」と定めていることとの関係上、宿直することは、医療事業として法律が求めることの実現でもあるわけです。

 ただ、労働時間法制を無視して宿直を行うことは、労働者の身体的状況にとって芳しいものでないことは言うまでもありません。

 私も大学時代、病院の夜間警備のアルバイトをしたことがあります。夜間警備といっても、夜11時から病院全体を見回り、12時に戸締まりを確認したら、朝7時まで寝ていて良いというものでした。

それでも、宿泊している職員の手が足りないときは起こすとされ、実際2年間のアルバイトの期間中、月に1回くらいの頻度で起こされた記憶です。

大学時代、自宅では、3時間や5時間くらいしか眠らない日も多くありましたが、7時間眠ったはずの宿直明けの朝こそ疲労困憊で、そのまま大学に行って講義を聴いていてよく寝込んでいた記憶があります。

 つまり、「いつ起こされるかわからない」という緊張状態こそ、疲労の原因となるのであり、そのような緊張状態は、本来、労働時間と評価するべきものなのです。

 

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 そこで、宿日直勤務に関し、一般に、許可にあたっては、次の条件が必要とされています。医師、看護師の場合もこれに該当することが必要です。

(1)原則として、通常の労働は許可せず、定時的巡視、緊急の文書又は電話の収受、非常事態発生の準備等を目的とするものに限って許可すること

(2)宿直、日直とも相当の手当を支給すること(1回の宿日直手当の最低額は、宿日直につくことの予定されている同種の労働者に対して支払われる1日平均賃金額の3分の1)

(3)宿日直の回数が、頻繁にわたるものは許可しないこと。勤務回数は原則として、日直については月1回、宿直については週1回を基準とすること(宿日直を行い得るすべての労働者に宿日直をさせても不足であり、かつ勤務の労働密度が薄い場合はこれを超えることも可)

(4)宿直については、相当の睡眠設備を条件として許可すること

 医師、看護師等の宿日直の許可に関しては、更に細目があり、一般の上記水準を守ることに加え、次の水準を守ることが求められています。

(5)通常の勤務形態からは完全に解放されていること

(6)一般の宿直業務以外は、病室の定時巡回、異常患者の医師への報告、少人数の要注意患者の定時検脈、検温など、特殊な措置を必要としない軽度のまたは短時間の業務に限ること

(7)夜間に十分な睡眠がとれること

 ご相談で問題は、ご質問の「当直」が、この条件に照らしていかなる実態にあるか、ということです。上記条件が一つでも守れていない状況が常態化している状況にある、ということであれば、当直は、原則に戻ってその時間全体を労働時間と評価すべきことになります。

 ご質問を見ると、「日によっては寝ることもできない」とあるのですから、おそらく、私の病院での宿直アルバイトとは比べものにならないほど、呼び出しをうけて長時間の勤務に従事しなければならない実態が存在する、ということと推察します。

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上記条件の(1)(6)(7)が守られていない可能性が大であると思われます。  したがって、この「当直」は、労働基準法上の「宿日直」には該当せず、違法である可能性が高いと思われます。

この実態を条件を守るように改めるか、それができないのであれば、当直時間全体を労働時間と評価をした上で、制度設計するということが必要なのだと思われます。

 ただ、ご質問の方には、もう1点申し上げたいことがあります。

 仮に、ご質問のケースが違法であったとしても、違法を違法と指摘するだけでは、病院の職場は変わっていかないと思います。

なぜなら、病院当局、病院経営者からしてみれば、現状を労働者に有利な内容に変更することは、人件費の増加を伴うことであるわけで、それはそう簡単にイエスといえる話ではないからです。

そのように経営側に変更のモチベーションが低いときに、利益を受ける労働者の側が強い要求をしないのであれば、わざわざ変える必要ないじゃないかと思うのは当然ですよね。

 この点、雑誌「世界」(2013年5月号)のインタビューの中で、甲南大学名誉教授の熊沢誠先生が次のように述べているのが印象的です。「法律が変われば、あるいは行政の良き指導があれば労働現場のありかたもすっかり変わるのではないかという期待があり、労働問題が深刻なのはひとえに政治の責任だという認識があります。

しかし労働組合運動が強靱にならなければ、ひっきょう、経営の専制的労務に対抗して労働条件を向上させることはできないのです。」

 まことに至言だと思います。法律を生かすも殺すも現場の労働運動次第です。ご質問者も、ご自分の労働環境がおかしいと思うのなら、労働組合に参加して、現場を変革する声をあげていくことが必要です。

そうした取り組みに、医師であるとか、看護師であるとか、そうした地位の違いは、全く関係がありません。医師だって労働者なんですから。

                          以 上

 

 

 

   

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